2009年12月アーカイブ

女の子の雛祭り文化

日本の雛祭りはいつ頃から始まったのか歴史的には判然としないが、その起源はいくつか存在する。日本での起源は平安時代の京都で既に平安貴族の子女の雅びな「遊びごと」として行われていた記録が現存しており、もとは京都のものであったと推測される[要出典]。その当時においても、やはり小さな御所風の御殿「屋形」をしつらえ飾ったものと考えられる。しかし、それはどこまでも「遊びごと」であり、決して儀式的なものではなく、そこに雛あそびの名称の由来がある。


これが江戸時代になり女子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国に広まり、飾られるようになった。この遊びである「雛あそび」が節句としての「雛祭り」へと変わったのは天正年間以降のことであり、この時代から三月の節句の祓に雛祭りを行うようになったと推測されている。もっとも、この時代には飾り物としての古の形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味合いが強くなり、武家子女など身分の高い女性の嫁入り道具の家財のひとつに数えられるようにもなった。その為、自然と華美になり、より贅沢なものへ流れた。



江戸時代雛祭りは「五節句」のひとつとして「祝日として存在した」とされる。しかし、明治6年の新暦採用が「五節句(=雛祭り)」の祝日廃止となって、さらに「国民の祝日」より「皇室の祝日」色が濃くなった。このため、戦後になって新たに祝日を作ろうとする動きが見られるようになる。祝日制定にあたり3月3日の案や、新年度の4月1日の案も出ていたが、最終的には5月5日の端午の節句を祝日(こどもの日)とする案が採用された。北海道・東北をはじめ寒冷で気候の悪い地域の多い時期を避け、全国的に温暖な時期の5月にしたというのが大きな理由のひとつとされる。

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